文化の進歩に伴ふ人類生活の発達は人間の性慾生活を益々放縦に導いて行く。権力や金の力は人間の蕩心を沸騰せしめて女性を濃艶な享楽の犠牲に供する様になる。と同時に又資本主義経済生活の高潮は性慾を商業化して行った。親を救ふ為めとか、自己の生活の為めとか、其の他色々のことから婦人や娘達は肉を鬻がねばならぬ権になつて、こゝに売春婦といふ職業と制度を見る様になったのである。尤もサンガー博士の説に依れば売春行為は人類と共に存在したものであると云ふが、それは兎に角今や売春婦の問題は洋の東西を問はず都市の重要なる社会問題の一となってゐる。此の問題は単に人道上の問題であるのみならず又同時に社会民衆の保健上密接な関係を有するものであるから売春婦の歴史や現在の状況等を秩序立てることは独り社会政策家や、社会衛生学家、社会教育家、立法家等の為めに必要であるのみならず、現代社会の常識として一般人にもまた必要なことであると思ふ。依って本書は我国古代から現在に至る状況を述ぶると同時に欧米の状態をも掲げ更に我国の花柳病の状況を参考に供して置いた。私は最近欧米に於ける此方面の実況を調査して帰朝したが本稿には之を加ふるの余暇がなかったことを遺憾とする。然しこれは近日興味本位の書き方に依って発表する筈であるから幸に本書と併せて購読せらるれば幸甚の至りである。
本書の出版に際して多大の御援助を得た瀧本誠一博士に謹んで謝意を表すると同時に同郷の吉田英雄君の深甚の助力に対して感謝する。同君は本問題は勿論稀に見る社会問題の真摯精緻なる研究家である。
昭和三年五月
四谷三光町の書斎にて
道家斉一郎