我が国に於ける売春婦制度は、売淫の事実を認めこれに一定の制限を加へて鬻春を一つの営業として許可するの制度である。
此の制度は国家が売淫を公認するが故に、称して公娼制度といふのである。
而して取締の内容よりこれを見るならば娼妓は「庁府県令を以て指定したる地城外に住居するを得ざる」娼妓取締規則第七条が故に指定地域内に一廓をなしこゝに於て売淫をなさねばならない―即ち娼妓を一定地域に集合せしむる制度であるからこれを集娼制度と称するのである。
然しながら事売上より我が国に於ける、売春婦取婦状況を見るとき、例へば亀戸玉の井等の私娼の如き形式上はこれを認めないが事実に於て売淫の事実あるを放任又は黙認し、而してこれが一定の地域外に拡張されて行くことを防止してゐるのは一種の制限を加ふるものと謂ふべく公認制度と共に私娼制度を認めるものである。即ち国家は公許の娼婦以外に売淫の営業を許してはゐないが事売上売淫の行はれることを黙許し若くは放任し風俗上支障ある場会にはこれを取締り衛生上の害悪に対しては社会又は個人の自衛に委せてゐるのである。
然るに一廓をなさゞる密娼に対して峻厳なる取締をなすのは散娼制度をのみ防止してゐるのではあるまいか、公娼制度が是か、私娼制度が非か、それには種々の異論があることであらう。然しながらそのいづれにしても売淫の事実を認めての上での取締り制度である。根本的に売淫の事実を禁絶しやうとするものではない。
果して一般人から性欲を切り離して考へられないと同様に現代社会から「売淫」を消滅することが出来ないであらうか、物質文明の進歩は売淫の増加を必然に伴ふものであらうとも、精神文明の進歩は人間社会から売淫の事実を除去することは出来ないであらうか、出来るとすれば如何にしてこれを除去すべきであらうか、又我々人間社会から「売淫」の事実を除去することが出来ないとすればそれは如何なる原因に帰着し、而して如何にこれを取締るべきか。問題は数限りなく存在する。一片の感情や一時の政策によって左右することの出来ない此の重大なる社会問題に対して吾人は当局者と共に如何にこれを処置すべきか、願はくば近時漸く一般化されて来た売春婦の問題やその研究が一時の流行に終らざる事を希望すると共に著者は以下各章に亘つて我が国売春婦及売春制度の統計的研究を試みると共に、真面目に問題を研究せられんとする諸士の参考に供すべく資料を広く蒐めてこれを掲げることにしやう。