娼妓前借及稼業年限

イ、前借金

人間一人をつぶしにして一体どの位の相場がするであらうか、独乙の或る学者の調べたところに依れば百五十磅。即ち十八貫目の人間の身体を単なる物質として扱ふとき詣肪分四円十二銭、鉄分五厘、糖分五厘、塩分一銭二厘五毛、石灰分二十六銭、燐四円五十銭、マダネシユーム九十九銭、リプウム七銭五厘、ポタシーム三十銭、硫黄分三十八銭、蛋白質四円二十六銭、合計十四円九十銭七厘五毛、即ち人間一人の相場をどんなに高く見つもつても十五六円が通り相場であると、然しながら若しも女がその貞操を売るとしたならば一体幾何の代金が貰へるであらうか、年期を度外視して前借金だけについて見るのに最も多いのが、千円から千二百円の間で娼妓五千百五十二人中一千百九十五人即ち二割三分を占め、千二百円以上千五百円以内千〇〇九人之に次ぎ約二割で、第三位は八百円以上千円以内の八百〇一人で一割六分、次は千五百円以上千七百円以内の五百三十八人で一割といふ状態で、三千円以上のものに二十八人もあり最も少い三百円以内のものは僅十二人にすぎず、これを表示すれば左の如くである。

娼妓前借金高額によりて分ちたる娼妓数及百分比

ロ、稼業年限

娼妓の稼業年限は殆んど五年以上で、其の中でも六年といふのが最も多く、娼妓五千百五十二人中四千〇五十六人、即ち七割九分を占めて居る。

娼妓稼業年限によりて分ちたる娼妓数及百分比

ハ、前借金と稼業年限の関係

娼妓の前借金は、顔の美醜或は気立ての如何により甚しく年限に関係する。同じ金額でも玉の良し思しにより（娼妓は楼主にとって商品である。上玉とは売れ行きの好さうな女を意味する）年限をきめるとき甚しき差異がある。例へば同じ三百円の前借金で抱へられる娼妓でも、一年の稼業年限のものと二年のものと三年のものとある如くである。

今借金と稼業年限との関係について見るに左表の如く三百円未満のものでは二年といふのが最も多く五割分を占め、三百円以上では三年五百円以上では六年七百円以上は何れも六年と云ふのが最も多い。

娼妓稼業年限によりて分ちよる前借金額別娼妓数（大正十四年未現在）

上述の如ぐ女にとっては生命ともいふべき尊き貞操を犠牲にしてまでも借り入れた前借金はその全都が娼妓となる彼等の父兄の手に入ると思ふと大間違ひである。即ち其の一二割は周旋料として周旋人に支払はねばならないし（規則では雇主六分娼妓四分の分担となってゐるが事実は娼妓のみにて一割乃至二割以上を取られて居る）其の上に車代をせびられ更に初見世のみふきとして、衣裳其の他準借費の七八十円近くはこの内から控除されるので、実際の懐中に入る金は金頓の半数かせいヽ六七割に過ぎないのである。