市内及郡部に於ける私娼

裏東京に於ける私娼窟として、其の最も大なるものは、亀戸の四百五軒よりなる一廓であらう、柳島館附近亀戸天神裏一介の地域が夫れで、縦横に通る露地に入ると、軒燈両側にならび、低い家が一間位の道を挟んで向ひ合りて居る。其の間を七時から十一時に至る、人出の頃にはごみ〃込み合って、嫖客が女の腐肉を漁って歩くのである。此処には約七百人(警視庁保安課調)の売笑婦が、陰惨な夜の世界に、人生のどん底に、色奴の犠牲に供されて居るのである。之に次いで、玉ノ井新道大正道路の私娼窟には三百五十八軒の置家と、五百七十七人の私娼を擁して対峙してゐるが、此の二ヶ所は裏東亰に於ける二大私娼窟で準遊廓式なるものとして、往年の十二階下千束町に匹敵するものである。此の他私娼窟と見るべきものは、今は殆んど其の影を止めずとは云へ、浅草公園六区の三友館キネマ倶楽部裏手の銘酒屋、小料理店、遊戯場にはきわめて秘密に、淫を売る女がタベ朝に呉越楚趙の客を待ち、日本橋蠣殼町、浜町、中芝、神明、千住、飯田町等にも置屋と称する私娼窟があり、本郷根津、麹町等にも之と類似の私娼窟がある。浅草、本所、深川の木賃宿町及貧民窟には、露淫と称する淫売婦が辻に立って男の袖を曳くが、浅草には有名な女淫売で「土手のお金」及「飲んだくれのお好」と云ふ者が居る。吉原堤及浅草公園、今戸公皿を根拠に、呉座一枚、石を枕に、星を仰いでどん底の男から男へと、肉を売って二十年近くも気儘な放浪生活を続けてゐる。浅草の本願寺裏手の貧民窟近く並に、阿部川町には引張込と称する売春婦が居て、男を喰へ込んで来る。其の家の者は裏口近くに居って張番をするのである。貧民窟には種々なる悲喜劇がある。酒一升で自分の妻を男に貸し其の余り仲良きを見て、嫉妬し酒をもう一升出さなければ妻を返せと云つて喧嘩をしたと云ふが如き、殆んど悲喜劇以上であらう、密売淫検挙数の上から私娼の分布を考察するに、其の最も多いのは市内では浅草区の百二十二件、本所区の六十九件、麹町区の三十五件、下谷区の三十四件、之に次ぎ其の最も少きは麻布赤坂区各二件である。

各区別並に警察署別検挙数々示せば左表の如く亀戸の一千二百八十七件、寺島の四百三十六件は三大私娼窟を包含するが故に他に類なき、此の数字に上って居るのである。

各区別によりて分ちたる密売淫媒合容止者検挙成績表 大正十四年

区名 密売淫 媒合容止
麹町 35 9
神田 20 4
日本橋 11 7
京橋 11 6
12 8
麻布 2 1
赤坂 2
四谷 13 2
牛込 14 4
小石川 18 6
本郷 21 9
下谷 34 15
浅草 122 17
本所 69 11
深川 9 1
393 100
郡部計 1895 1272
合計 2288 1372

密売淫媒合容止者検挙成績表 大正十四年

市部 密売淫 媒合容止
麹町区麹町 30 8
麹町区日比谷 5 1
神田区錦町 3 3
神田区西神田
神田区外神田 17 1
日本橋区久松 10 7
日本橋区堀留
日本橋区新場橋 1
京橋区築地 5 5
京橋区北紺屋 6 1
京橋区月島
芝区愛宕 5 1
芝三田 7 7
芝高輪
麻布鳥居坂 2 1
麻布六本木
赤坂表町 2
赤坂青山
四谷 13 2
牛込神楽坂 3 3
牛込旱稲田 11 1
小石川富坂 1 2
小石川大塚 17 4
本郷本富士 16 6
本郷駒込 5 3
下谷上野 15 8
下谷坂本 11 4
下谷谷中 8 3
浅草象瀉 47 14
浅草日本堤 64 3
浅草南元町
浅草七軒町 11
本所相生 3
本所太平
本所原庭 62 8
本所向島 4 3
深川西平野
深川扇橋 6
深川州崎 3 1
393 100
郡部 密売淫 媒合容止
品川 1 1
大崎 1
大森 3 1
蒲田 5 3
世田ケ谷 12 2
目黒 1
淀橋 12
千駄ケ谷
代々木 2
戸塚 2 2
中野 3 3
渋谷 17 7
巣鴨 11 3
高田 5
王子 8 4
尾久 28 11
瀧の川 17 4
板橋 4 3
南千住 4 4
日暮里 9 2
千住 1 1
寺島 436 304
亀有 7 4
亀戸 1287 903
小松川 9 7
八王子 3 2
町田
府中 3
田無 1 1
青梅 2
五日市 1
1895 1272
合計 2288 1372
楊弓場にありて客に春を売れるもの所謂矢場女を描けるもの。